【元JAXA職員が考える】エンジニアリングで人類は本当に幸せになっているのか?

この記事では、22年間エンジニアとして勤めた上場企業を辞め、なぜJAXAへ転職し、なぜ『宇宙教育』という分野で独立起業したのか、そのワケを綴りたいと思います。

  • エンジニアを目指した理由
  • 転職のキッカケ
  • なぜ宇宙教育に行きついたか?

バブル絶頂期の話

僕は1989年にエンジニアの仲間入りをした。 学生時代のギタリスト経験を生かし、ミュージシャン向けの音楽機材を開発するという仕事。とにかく毎日が楽しかった。なかなかイイ音するじゃん!俺の設計した回路は!ミュージシャンたちが喜んで使ってくれる便利な道具を作り出していくのが楽しくて仕方なかった。

分野は違えど、おそらく世界中のエンジニアが同じような感覚で仕事をしているのではないでしょうか?

まあ、楽しさはともかく、便利なものを作り出していく仕事がエンジニアの使命だと思うでしょう。


なぜエンジニアを目指したか

中学生の頃、技術科の授業で作ったワイヤレスマイクに心がトキめき、農家の長男だった僕がエンジニアを目指す動機となった。小さい頃から壊れた電気製品を分解するのが好きで、なんだかちょっと難しそうなものに憧れていた。

悔しいこともあった。小学4年生くらいの頃かな。内緒で申し込んだアマチュア無線講座。届いた教材に親が腰を抜かし「あんたには無理!」って、あえなく教材は送り返されてしまった。

こんなドキドキワクワクするような、そして時に悔しい経験が今の自分をつくっています。

その後、昭和、平成、令和と時は流れ、家庭を持ち、子どもを授かり、育てていく中で、ふと考えることがありました。

いまの子どもたちは、心の底からワクワクを経験しているのか?

ゲーム機が壊れた!お父さん直せる?いやムリ!!ケースを開けようにもネジが見当たらない。必死こいてケースを開けても黒いゲジゲジ(LSIの事)が並んでいるだけで手も足も出ない。それよりも子どもたちはゲームがやりたいので、急かされて新しいのを買った。嗚呼、真空管をいじっていた頃が懐かしい。

不自由なく楽しい体験ができる時代。何かやってみたいと思ったらさっと始められるし、飽きたらすぐに止められます。

わからないことがあったら「便利な箱=スマホ」に聞くと、なんでも教えてくれるし、いや~なんとも便利な世の中を僕たちエンジニアが作ってきたと思います。


でも、本当にこれでいいのか?

便利さに慣れてしまうと、苦労しなくても自分のやりたいことがすぐにできます。

もちろん、それはイイ事かもしれませんが・・・

でも、どうにもならないような不便さがないと、本当の意味で「その先を生み出す動機って出てこなんじゃない?」

いまの子どもたちを見ていると、そんな風を感じることがあります。

そして便利な世界を作ってきた自分たちエンジニアは、子どもたちのためにもっと違う何かをやらなければいけない、と考えるようになりました。


僕が宇宙教育に行き着いたワケ

宇宙はリアルに、超不便で、超不安な世界で、ドキドキワクワクの宝庫。そのぶん子どもだけでなく、大人にとっても挑戦できるフィールドが無限に広がっています。

最近は、本気でチャレンジする民間の人たちが増えつつある世界だとJAXAに入って気づきました。

そして10年も経たないうちに、宇宙は当たり前になると感じています。

また宇宙に接することで、いま地球で現実に起こっている本当に考えなければならない課題がもっと見えてきました。

それはSDGsのような、人類が今チャレンジしなければいけない本当の課題です。

いまこそ、宇宙が好きで憧れるところからもう一歩踏み込んで、宇宙を舞台にして何かに挑戦するとき。それは、自ら宇宙空間へ出ていくだけではない。ロケットや人工衛星を打ち上げるだけでもない。もっともっと挑戦できる何かに気づこうよ!

そんな機会を作っていきたい思ったのが、僕が宇宙教育に行き着いたワケです。

僕が思い描く宇宙教育=宇宙【で】教育は、そんなことを実践する活動だと思っています。もちろん正解はありません。いまも試行錯誤しています。

ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。これからも宇宙教育に役立つ情報を発信していきます。

(この記事はnoteのリライトです。)