【元JAXA職員が探究】輸送用機器を製造する業界の概要と課題(車両・船舶・航空機・ロケット)

人類は生活を豊かにするために様々な産業を生み出してきました。例えば、農業や漁業など「食を支える」第一次産業や、電化製品や便利グッズなど「モノを作る」第二次産業などです。

そして各産業には、様々な企業が参入することで業界と呼ばれるバーチャルな世界が形成されます。自動車業界やアパレル業界、芸能界や教育業界など様々です。最近は「宇宙業界」というものも加わりつつあります。しかし宇宙というと、私たちにはとても特殊なものに感じますよね。

そこで、宇宙業界と、それに隣接する他業界の特徴や課題などを探究してみることにしました。この記事では、自動車、船舶、航空機、ロケットに代表される輸送用機器を製造する業界についてまとめます。

【この記事を読んでわかること】

  • 自動車に代表される「陸上輸送用機器」業界の概要
  • 貨物船に代表される「海上輸送用機器」業界の概要
  • 飛行機に代表される「航空輸送用機器」業界の概要
  • ロケットに代表される「宇宙輸送用機器」業界の概要
  • 輸送用機器業界の課題
  • 輸送用機器の業界地図

車両、船舶、航空機、ロケットを製造する業界とは

人間や荷物を運ぶための車両や船舶、航空機、ロケットなどを製造する業界を「輸送用機器業界」といいます。分野ごとに「陸上輸送用機器」「海上輸送用機器」「航空輸送用機器」に分かれ、さらに「防衛用輸送機器」を含む場合もあります。

この業界は、完成品を作るメーカーの他、部品供給や開発設計を受託する企業など、すそ野が広いことも特徴です。また貿易においては、他の多くの業界の輸出比率が低下傾向であるのに対して、比較的高い水準を維持しています。

ここに「宇宙輸送用機器」として「ロケット」や「宇宙船」「エアロプレーン」などが加わります。航空輸送用機器が最も近い分野で、両方を合わせて「航空宇宙業界」とも言われます。

自動車に代表される「陸上輸送用機器」業界の概要

陸上輸送用機器には、人を運ぶための自動車、二輪車、バス、電車などの他に、荷物を運ぶためのトラック、トレーラー、貨物列車などがあります。また、防衛用として戦闘車両や物資輸送車両などの特殊車両も含まれます。

世界における2020年の自動車やバス、トラックを含む四輪車の総生産台数は、中国の約2,500万台、米国の約880万台に次いで、日本は第三位の約806万台です。そして2009年以降、生産台数を約2倍まで伸ばしている中国に対し、日本はほぼ横ばいの状態が続いています。

出典:OICA(International Organization of Motor Vehicle Manufacturers )
資料:GLOBAL NOTE GLOBAL NOTE 世界の自動車生産台数 国別ランキング・推移

日本の輸送用機器では自動車業界が最大規模

日本における自動車業界の2014年の年間総売上高約53兆円で、全製造業の約17.5%を占めています。また、自動車関連就労者数約550万人、うち製造に携わる人数約80万人です。2020年には年間総売上高が約66兆円となりましたが、高止まり傾向にあります。

出典 自動車産業の現状と今後の課題(参議院)
出典 業界動向サーチ(自動車業界)

貨物船に代表される「海上輸送用機器」の概要

海上輸送用機器には、人を運ぶための旅客船やプレジャーボートなどの他に、荷物を運ぶための貨物船やタンカー、漁業で使用される漁船などがあります。また、防衛用として水上艦艇や潜水艦なども含まれます。

1950年頃から約半世紀に渡り、日本の新規造船建造量は世界トップシェアを維持してきましたが、近年は中国における生産能力の向上が著しく競争が激化しています。

世界における2018年造船竣工量(100総トン以上の船舶)は、中国の約2315.1万トンに次いで、日本は第ニ位の1452.6万トン(2015年は1300.5万トン)。第三位に韓国の約1432.0万トンが続きます。隻数は中国の811隻より少なく、第二位の458隻(2015年は520隻)です。

出典 一般社団法人日本船主協会 海運統計要覧2020(2018年造船国別竣工量推移)
出典 一般社団法人日本船主協会 海運統計要覧2017(2015年造船国別竣工量推移)

受注は増加傾向、若手労働者人口は減少

日本の造船業界における年間総売上高約2兆円規模です。国内に生産拠点が数多く存在することが特徴で、ここ10年間の就労者数約8万人前後で推移しています。

出典 船舶産業分野 – 国土交通省
出典 日本造船工業会 造船関係資料(2019年9月)

飛行機に代表される「航空輸送用機器」の概要

航空輸送用機器には、人を運ぶためのジェット旅客機やヘリコプタなどの他に、荷物を運ぶための貨物輸送機などがあります。また、防衛用の戦闘機やヘリコプタなども含まれます。さらに、航空法の改正により、今後はドローンなどの無人飛行機も含まれてきます。

2018年の主要ジェット機の納入機数は、業界トップの米国ボーイング社806機欧州エアバス社813機で、ほぼ二分しています。

日本においては、航空機メーカー各社へのエンジンや機体など部品供給が事業の大半を占めていますが、国産小型ジェット機の製造を手掛ける企業もあります。また、超音速機技術や運航安全技術など、基盤技術の研究開発を担う機関として宇宙航空研究開発機構(JAXA)に航空技術部門も設置されています。

出典 一般財団法人 日本航空機開発協会 民間航空機材の推移と現状

防衛用を含め航空機需要は拡大傾向

日本における2019年度の航空機関連事業の売上高(速報値)は、民間用および防衛用あわせて約1兆8,690億円(2016年は約1兆7,058億円)。就労者数約2万7,190人(2016年は約2万7,960人)です。

2016年の経済産業省の推計によると、国産旅客機事業の立ち上がりや、防衛装備移転三原則を受けた防衛航空機の新規事業の開始などにより、2020年代後半には3兆円を超える規模の産業に発展する可能性があります。

出典 一般社団法人 日本航空宇宙工業会 航空宇宙産業データベース 令和2年7月

ロケットに代表される「宇宙輸送用機器」の概要

宇宙輸送用機器は、荷物を運ぶためのロケットが主流ですが、人が搭乗する宇宙船やロケット、スペースプレーンなども含まれます。またこの業界では、製造から打ち上げまでを一貫して行う企業が多数を占めています。

世界におけるロケット打ち上げ数は、2006年1月~2015年12月末までの累計で、ロシアの318機、米国の181機、中国の136機、欧州の63機に次いで、日本は第五位の30機です。この他、近年は日本においても小型ロケットの試験打ち上げなども見られ、ロケットの製造数は増加傾向にあります。

出典 科学技術振興機構 世界の宇宙技術力比較(2015年度)

民間事業者の参入により急成長の可能性

日本における2019年度のロケット関連(打ち上げサービスを含む)売上高約888億円で、人工衛星や地上設備を含めた宇宙機器関連の全体売上高の約3,285億円に対して約27%を占めています。また、ロケット関連の就労者数約1,900人で、宇宙機器関連全体の約8,700人に対して約20%です。これまでは官需による事業が大部分を占めていたため、宇宙航空研究開発機構(JAXA)や関連企業などに人員が集中していますが、他分野に分散していく傾向に加え、新規参入による人員の増加も見られます。

出典 一般社団法人 日本航空宇宙工業会 「令和元年度 宇宙機器産業実態調査報告書」概要

輸送用機器業界の最大の課題は「環境対策」

輸送用機器業界における最大の課題は「環境対策」で「燃費改善」「排出ガス削減」「騒音低減」などがあります。いずれも地球環境を維持していくため、国際的な取り組みや法令による規制が行われています。

燃費を改善し温室効果ガスの排出量を削減

化石燃料を利用した自動車が排出する二酸化炭素(CO2)は、日本全体の排出量の約2割を占めています。CO2は温室効果ガスの一つとして排出量の増加が地球温暖化の原因とされているため、燃費性能を改善させることが重要な対策です。1979年に制定された「エネルギーの使用の合理化に関する法律(通称、省エネ法)」により、自動車の製造事業者には目標に掲げられた基準値以上に燃費性能を改善することが求められています。

大気汚染を防ぎ、静かな環境をつくる

自動車や船舶の排出ガスに含まれ、大気汚染の原因となる窒素化合物(NOx)や粒子状物質(PM)、一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)などの削減も重要です。排出量を規制する「自動車排ガス規制法」や「大気汚染防止法」に基づき対策が進められています。
さらに車両等から発せられる騒音も環境問題として認識され「騒音規制法」に基づく規制値の強化が進んでいます。

環境に優しい機器の研究開発

このような状況を背景に、電気自動車(EV車)や燃料電池自動車(FCV車)など次世代エコカーと呼ばれる車種の開発にメーカー各社は積極的に取り組んでいます。
また、海上輸送用機器においても、環境負荷低減に向けた技術開発が進められています。一方で、国際的なイニシアティブや先行者利益の確保を目指し、関係省庁が国際海事機関(IMO)への国際基準の提案なども進めています。

航空機分野における環境対策の動向

航空輸送用機器においては、炭素繊維強化プラスチック複合材(CFRP)などを利用した機体の軽量化により燃費の向上が進んでいます。さらに「極超音速旅客機」の研究開発と共に「ソニックブーム」と呼ばれる衝撃波によって生じる爆発音を低減する技術開発がJAXAなどにより進められています。

「自動運転」や「自律操縦」など自動化の流れ

輸送用機器における大きな流れは「自動化」です。特に自動車においては「自動運転」が注目されています。

自動車における完全自動運転の実現には高い壁

自動車における自動化の歴史は古く、1990年代には「オートクルーズ機能」と呼ばれる自動速度制御が存在しています。現在は「自動ブレーキ」など安全運転を支援する機能が実用化されつつありますが、経済産業省が示している完全自動運転(レベル5)の実現には、技術開発の他に事故などの備えた法整備など様々な課題があります。

また環境対策の一環として生み出されたエンジン制御の電子化に端を発し、急速に発展してきた半導体や制御ソフトウェアの技術力が日本の強みとなっていますが、近年は「リコール隠し」や「検査データの改ざん」など品質管理に関するトラブルも散見されるようになりました。

航空機と船舶における自動化の動向

航空輸送のおいても「無人航空機(Unmanned aerial vehicle : UAV)」の流れが加速しています。特に「ドローン」は、空撮や物流、測量などあらゆる分野での利用が考えられていますが、安全確保が重要課題でしょう。

そして海上輸送においても「自動運航船」の開発が、特に欧州を中心に開発が進められています。世界の海上輸送量は増加傾向にあり、運航従事者の不足が予想されている中、日本も競争優位分野として確立していく必要性が指摘されています。

「宇宙活動法」の施行

これまで政府機関などが主導してきた宇宙活動が民間事業者に広がりつつあります。そこで、宇宙関連国際条約に則り、民間企業が宇宙関連事業に参入しやすい環境をつくるため作られた法律が、通称「宇宙活動法」と呼ばれる「人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律(平成28年法律第76号)」です。2018年11月15日に施行され「人工衛星等の打上げに係る許可」、「人工衛星の打上げ用ロケットの型式認定」、「打上げ施設の適合認定」及び「人工衛星の管理に係る許可」に関する届出が義務化されています。特にロケットの製造に関しては、飛行安全を確保するための「ロケット安全基準」が設けられ、型式の認定を受けることで打ち上げができるようになります。

航空機業界と宇宙の親和性は高い

航空宇宙業界と呼ばれるように「航空機」と「ロケット」は共通する技術が多く、親和性が高い業界といえます。日本においては「三菱重工業株式会社」などの総合重工業メーカーが両分野で事業を行っています。しかし、航空宇宙業界はあらゆる業務分野によって事業が成り立っているため、宇宙輸送機に特化した職種は狭き門といえるでしょう。

今後は「エアロプレーン」の実現なども視野に入れると、航空機関連を得意とする企業が新たに宇宙分野へ参入してくる可能性も高く、注目したい業界です。

輸送用機器における「宇宙利用」のすそ野は広い

自動運転や自律操縦の実現には、人工衛星等を利用した「測位技術」の確立が必要です。米国が運用する衛星測位システム「GPS」や日本の準天頂衛星システム「みちびき」などを利用する技術に加え、「3D地図」や「電子海図(ECDIS)」の高精度化、人工衛星を利用したセキュアなブロードバンド通信など、輸送用機器の開発には、これまで以上に「宇宙」を関わる業務が増えてくると予想されます

【輸送用機器の業界地図】

国内自動車主要8社

トヨタ、日産、ホンダ、マツダ、富士重工、スズキ、三菱自動車、ダイハツ工業

自動車部品を供給する連結売上高1兆円以上の1次サプライヤー

デンソー、アイシン精機、カルソニックカンセイなど

国内貨物車主要メーカー

いすゞ、三菱ふそう、トヨタ、日野(トヨタ傘下)、日産、UDトラックス、マツダ

造船業大手メーカー

今治造船、ジャパンマリンユナイテッド、名村造船、大島造船所、新来島どっく、常石造船、三井E&S造船、三菱重工、サノヤス造船、尾道造船、住友重機械工業、川崎重工、など

航空機の機体およびエンジン供給メーカー

三菱重工、川崎重工、IHI、富士重工、など

小型航空機メーカー

三菱航空機、ホンダ

無人飛行機(ドローン)関連

プロドローン、ヤマハ、楽天、エンルート、など

エアロプレーン(宇宙飛行機)関連

PDエアロスペース、スペースウォーカー、など

ロケット(宇宙輸送機)関連

三菱重工、IHI、IHIエアロスペース、川崎重工、インターステラテクノロジズ、植松電機、新世代小型ロケット開発企画、など

自動運転関連

トヨタ、日産、ホンダ、パナソニック、デンソー、三菱電機、ヤンマー(農機)、コマツ(建機)など

ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。
これからも「宇宙×教育」に役立つ情報を発信していきます。

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